倒産回避:これだけは伝えたい! 三橋経営研究所サイトマップ

私の場合:最悪のケース1

「こっちも命がけじゃい!」

畳に突き刺さってゆらゆらと左右に揺れている日本刀を焦点の定まらない目で見やっていた三木に取り立て屋の鋭い怒声がとんだ。さっきから若い三下がやってきては知り合いに片っ端から電話をして金を借り集めることを強制されていた。

三木はもう電話をかける気力も失っていた。

兄貴分の怒声に勢いを得た三下が私の右頬を"ガツッ"と打った。拳骨を食らうのも学生時代以来久しぶりだとぼんやり思った。不思議と何の痛みも感じなかった。傷が残るような暴力は禁止されていたのだろう、「余計なことをするな!」と三下は額に木刀を喰らい大げさに悲鳴を上げた。やらせとはわかっていても気分のよい光景ではなかった。

自宅と会社を占拠する見返りに再起を援助するという彼らの申し出にうっかり藁をもすがる思いで印をついたのが間違いだった。毎日のように会社に押しかけ、わずかに残る現金収入や集金された金を集めに来るだけで、入れ替わり立ち代りやって来て、わめきたてる大勢の取立て屋に対しては、何の防御もしようとはしなかった。

毎日300万円ほどの現金売り上げが見込めるセクションがあった。ここを中心として仕入れの協力さえ得られれば、かすかにではあったが再起の道も、、、という好意的な取引先の声に応えるべく、会社の再建を彼らに申し出た。

彼らの態度が一変した、手のひらを返すような仕打ちが始まった。甘かったか!全ては孤独の決断であった。じっとりと油汗のにじんだ150万の現金を握り締め弁護士の下に駆け込んだ。

15年前の梅雨も盛りのころであった。三木の頭に15年前の記憶が蘇ってきた。蒸し暑い梅雨時には珍しく晴れ上がった6月22日、一回目の不渡りを出してしまった。

3日後に給料日を控え2000万円という当時の彼の会社にとっては、比較的小さな金額の手形の金策であったが、昨日から当てにしていた先が突然NOと言い出した。3日後の給料日にはさらに6000万円ほどの資金ショートがあった。2000万円だけならば、まだ銀行の締め切りには1時間以上の時間があったし、最悪、明日の朝までに手を打てば何とかなる。こんなことはよくあったことなので、普段の彼であったら猛然と次の手を打つべく頭と神経がフル回転を起こすところだったがその日はなぜか体の力が入らなかった。まさに、体が先に天の時を彼に告げたのかもしれない、と後になって思った。

連日の夜遅くまでの資金繰りを見かねて、運転手兼秘書役を買って出てくれていた高橋と遅い昼食をとった。がらんとした、古ぼけた食堂の二階の窓から店の前をまばらに行き交う通行人を見ていた。見ていたというより、何の感慨とて無く、ただ目に入っていたというだけであったが15年もたった今も鮮明に記憶に残っている。なんともいえない虚脱感に襲われた、ここ半年あまり、毎日のように資金繰りに忙殺されていた。何のために、こんなことをやっているのだろう?なぜこんな苦しい作業をやり続けなくてはいけないのだろうか?数年前に倒産した男が漏らしていた言葉を思い出した。「もう、面倒くさくなっちゃうんですよね、やればまだやれたのかもしれないけれど、疲れ切っちゃうんですよ」突然思った。もうよそう、こんなこと・・・

これが俺の人生だというのなら、もう何も未練はない、無くなったほうがよい人生だ。今まで脳裏にへばりついて離れなかった、倒産をしてしまったときの情景;取引先の顔、銀行、債権者たちの顔、従業員、家族、保証人になってくれた人達の顔顔顔、、、


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